今回は再び、『恋人』の章からのエピソード。そして、読み終わったあと、この写真をよくご覧になってください。何か不思議なものが見えてきますよね。 ところで、ユッコは不思議な能力を持っていた。
それは、朝から生暖かい風の吹く3月下旬の土曜日、昼下がりのことだった。バイトで少し溜まった金で、カメラのフィルターを買おうと思って、日吉から横浜に行く電車に乗った途端、ユッコがにこにこしてこちらを見ていたのである。何の心の準備も出来ていなかったので、「びっくりしたあ」と言うと、ユッコは微笑んだまま、「ユージに会うと思っていた」と言ったのである。
「どうして?」と訊くと、「渋谷で高校時代の友達とお昼、一緒に食べたの。ほら、青山学院に行っている友達がいるって言ったでしょ。久し振りで楽しかったけど、なんか、結構遊んでいて、違う世界に生きてるなって感じて、そしたら、急にユージに会いたくなって、電車で来る途中、ずっとユージに会えますようにって祈ってたの」とユッコは照れながら言った。電車の中はそれほど混んでいなかったが、ちらほらと桜が咲き始めた頃だったので、二人で電車のドアのそばに立ち、ガラス越しに外の風景をじっと眺めていた。種類が違うのか、ほぼ満開になっている桜があり、ユッコの肩を抱き押せて、「ほら、あそこ」と言って指を向けた。この時は単なる偶然だと思ったが、そのあとも同じようなことが二度ほどあったのだ。尤も、会うことを願って外れた場合のことは聞いていないが、ユッコが自分との関係以外で東横線に乗るのは年に数回だというから、偶然にしては非常に高い確率ということになるだろう。
また、つい最近、こんなこともあった。
新緑の季節に、日本で一番古いプロテスタントの教会と言われている横浜港教会に二人で行った時のこと。青空を背景に白い教会の塔がくっきりと映え、周りの木々の緑も鮮やかで、階段の前で是非写真を撮ろうという事になった。最初にユッコを階段の脇に立たせ、教会の塔が少し入るように、下から撮った。そのあと、今度は悠二が同じ場所に立ち、ユッコに撮ってもらった。数日後、出来上がった写真を二人で見て驚いた。ほぼ同じところから、同じ時間に撮ったはずなのに、ユッコの背後には、なにやら、手を合わせている人の小さな姿が映っていたのである。輪郭はぼんやりとしていたが、背中になにやら突起物があり、強いて言えば、天使のように見えた。
「守護神かなあ」と、二人で勝手に想像し、「ユッコは、やっぱ、ちょっと霊能者なのかなあ」と言ったところ、「でも、写真を撮ったのはユージだから、ユージに何か念写の能力があるんじゃない?」と逆にユッコが悠二を持ち上げようとした。それを聞いて、悠二は花火ももっと念を込めて撮れば、今まで撮れなかった色や形が現れるのではないかとふと考えた。
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