人生の絵画(16)

更新日:3月18日


 

 その昔、学芸大学駅前に『兆八』という居酒屋がありました。

 今から30年余り前の独身時代に祐天寺のアパートに住んでいた私は、大学時代の飲み仲間と夜ぶらぶらしていて、偶然この店を見つけました。カウンターとこあがりの座敷とテーブル席があり、15名も入れば息苦しくなるほどの小さな空間。その雰囲気が実に居心地がよく、そのあと千葉に引っ越したり、また世田谷に戻ってきたりした間にも定期的に訪れ、旨い酒と手の込んだ日本料理に舌鼓を打ち、店主の福岡寛さんとカウンター越しに世間話をするひとときを楽しんできました。

 その『兆八』も2012年には閉店となってしまい、しばらくして福岡さんは故郷の富山に帰られましたが、年賀状のやり取りだけは続いていました。

 そして今年の正月、大学時代の友人と京都で飲んでいる時にたまたま『兆八』が話題となり、酒の勢いに任せて福岡さんに電話をしたところ、ぜひ富山に遊びに来てくださいとの誘いを受けました。その後のコロナ禍で早急には実現しませんでしたが、先週、よやく福岡さんの家に訪れる機会がありました。

 土曜の11時23分発の新幹線に乗ると、午後2時にはもう富山です。改札口で先に到着していた友人、そして8年ぶりくらいに会う福岡さんと合流しましたが、少し話せばその空白の期間は雲散霧消。家に移動する間も話が止まりません。その家は築60年になるかの古い日本家屋で、庭を眺められる縁側もあり、大変落ち着きます。現在72歳になる福岡さんは特に仕事はしておらず、それでは何をしているのか訊くと、DIYをやったり絵を描いたりしているとのことでした。そして、その絵を見せてもらいましたが、その筆さばきに驚嘆。日本画の模写中心ですが、大変な労力が感じられる絵です。もともと絵を描いていたのかというと、そうではなく、ある時ふと絵でも描いてみようと思い立って、数年前に始めたとのこと。特に先生に教わるということもなく、紙の下地調整や下絵の描き方などは、すべて本を読んで習得したとおっしゃります。その作品を見る限り、既に模写の段階は過ぎているのではないかと感じたので、自分独自の絵を描いてみようとは思わないのかと訊いたところ、自分としてはまだまだ模写が足らないと感じているし、また優れた作品を模写することにより、作者がどのような方法で、どのような思いで描いたかを想像することができるので、しばらくは模写に専念したいという、頭の下がるような言葉をおっしゃりました。ただ、いずれは自分独自の絵も描いてはみたいということでした。

 根気と集中力さえ保てれば、六十代半ばを過ぎてからでも、数年で絵画もここまで描けるようになる、さあ、これからの人生、お前はどうすると、福岡さんに大きな問いを投げ掛けられたような気がした小旅行になりました。










     自宅前にあるいたち川。春には見事な桜並木になるそうです。


      福岡寛さんと友人I君(いたち川の対岸にある居酒屋にて)。

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