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感想文6

更新日:2021年4月14日

読了。最近は小説など久しく読んでなかったのに、重い本を鞄に入れて通勤時や昼休みに貪るように一気に読んだ。

おもしろかった。悠二はもとより周囲の人物たちも生き生きと描かれていて「いるいる!」と親近感をもった。

思い返せば30年になる冨部さんとの付き合いの中で「これ、私やん」というエピソードに苦笑したり……。久々に本を読む楽しさを思い出させてくれて、おおきに!


金武さんには以前、食物アレルギーの取材でお話を伺ったことがある(金武さんはお忘れだと思うが)。にこやかな語り口とは裏腹に、その壮絶な戦いの日常に、大げさではなく戦慄を覚えた。

個人的にはアレルギー体質との戦いの話をもっと読みたかった気もするが、そこは意図があってのことだろう。

なにせ金武さんは、冨部さんが惚れ込むのも無理のない「めっちゃいい人」なのだ。自分の体質も、周りのイヤな人たちも全て受け入れて笑顔で包み込んでしまうのである(1回しかお会いしてないが多分)。

金武さんが花火に出会ったように、冨部さんは金武さんに出会って執筆意欲に火がついた(17年もの長きに渡り消えない火が)。次はどんな作品を読ませてくれるのか。楽しみでならない。

閲覧数:34回1件のコメント

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冨部 久志という人物が花火写真家・金武 武とシンクロして、心地よい読後感の小説を書いて見せた。 飾らない文章だが主人公と作家の相性が見事に一致したとでもいえばいいのだろうか。作家、写真家ともに不器用な印象であることがこの小説を牽引して物語は進む。その初心の強さが読者を引き込んで行くのである。 小説にとりかかって17年の歳月がかかったとあったが、飲みやすくコクを含んだワインのようにほどよく熟成された

写真は、真実を写さない。 では、花火写真家は何を写したかったのか。作家は、花火写真家の生涯を小説にすることで、何を写し取りたかったのか。 冨部久志『人生の花火』(新潮社)は、実在の花火写真家である金武 武をモデルに、死をも意識するほど喘息に苦しんだ少年が、たまたま訪れた花火大会をきっかけに、従来の花火写真を凌駕する作品をつくり、日本における花火写真家の第一人者になるまでの人生を描いた小説だ。 モデ

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