感想文5
更新日:2021年4月14日
一見どこにでもいるような少年がいろいろな人と出会いながら青年になっていく風景を横軸に、花火の写真を撮る執念を楯軸に、糸が絡まり、時にほぐれて物語が紡がれていくのが心地よい作品です。ただ心地よいだけでなく、この平凡な少年が実はアレルギーという困難を抱えてもがいている様子は同情を呼び起こすのではなく、誰しもがそれぞれ形の異なった困難を抱えた障害者であり、人である限り周りの人達に助けてもらわなければならない存在であることを改めて認識させてくれます。主人公が出会った人達が後年になってまた登場してる様は、打ちあがった花火の一つ一つの花びらが一旦消えたように見えて次の瞬間に別の色で夜空に現れる映像と重なります。
後半、主人公が自分に向かって飛び込んでくる水しぶきを見て花火の本質を捉えるくだりは、かつて葛飾北斎が海のしぶきを捉えたときもこうだったのではないか、と想像を膨らませてくれます。本来瞬間で消えるからこそ美しい花火をあえて静止画として閉じ込めようとする主人公の芸術性は、常に姿を変える浪の一瞬を神奈川沖浪裏に凝縮させた北斎とつながるのかもしれない。この主人公がどんな出会いをくりかえしながら熟年となっていくのか、それをこの作者がどのような読み物にしてくれるのかが今から楽しみです。 上野 千津子