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感想文5

更新日:2021年4月14日

一見どこにでもいるような少年がいろいろな人と出会いながら青年になっていく風景を横軸に、花火の写真を撮る執念を楯軸に、糸が絡まり、時にほぐれて物語が紡がれていくのが心地よい作品です。ただ心地よいだけでなく、この平凡な少年が実はアレルギーという困難を抱えてもがいている様子は同情を呼び起こすのではなく、誰しもがそれぞれ形の異なった困難を抱えた障害者であり、人である限り周りの人達に助けてもらわなければならない存在であることを改めて認識させてくれます。主人公が出会った人達が後年になってまた登場してる様は、打ちあがった花火の一つ一つの花びらが一旦消えたように見えて次の瞬間に別の色で夜空に現れる映像と重なります。

後半、主人公が自分に向かって飛び込んでくる水しぶきを見て花火の本質を捉えるくだりは、かつて葛飾北斎が海のしぶきを捉えたときもこうだったのではないか、と想像を膨らませてくれます。本来瞬間で消えるからこそ美しい花火をあえて静止画として閉じ込めようとする主人公の芸術性は、常に姿を変える浪の一瞬を神奈川沖浪裏に凝縮させた北斎とつながるのかもしれない。この主人公がどんな出会いをくりかえしながら熟年となっていくのか、それをこの作者がどのような読み物にしてくれるのかが今から楽しみです。 上野 千津子

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ことのほか厳しい暑さが続いている八月も、もうすぐ終わろうとしています。 過日は長編小説『人生の花火』をお贈り頂きまして、心よりお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。とても読み応えがあり、私も悠二達の過ごした頃に引き込まれて行き、そこかしこに冨部さんの執筆への熱い想いが伝わってきて感動いたしました。 私たちの人生・社会も決して順調に、思い通りになるものではありません。背負い切れない艱難が

『 人生の花火 』読み終えました。ひさびさの一気読みです。 冨部久志さんの文章がなにより素晴らしい。読ませる! 金武 武さんをモデルとした主人公の「現代的」生き方に最終的に共感し、著者である冨部さんの取材力と真摯な執筆態度にもエールを送りたいです。 青春を描いた本として読みつがれることを期待してます。装幀もいいです。各所にあしらわれた花火の写真も素晴らしい。 PASSAGEbi

花火写真家の金武武さんをモデルにした小説。 あくまでもモデルで自伝ではない。あとがきにも書かれているが、金武さんだけではなく作者である冨部さんの経験も織り込まれているらしい。 描かれている人生はまさに波乱であるように感じる。 喘息で闘病した幼少期。療養所での出会いと別れ。大人達に夢を否定され違う職につくも長続きせず退職。そして結婚式場のカメラマン見習いになったり。 しかし学生時代に見た花火の感動を

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