2026年春から初夏にかけての備忘録(80)
- Hisashi Tomibe

- 17 時間前
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4月11日、まずは友人と共に青梅線御嶽駅近くにある玉堂美術館へ。絵を学ぶために14歳で岐阜から京都に移り住んだという川合玉堂は、83歳で亡くなるまで、その道一筋を貫いた。目に優しい日本画の数々を堪能した。




そのあとは沢井駅まで多摩川沿いを散策。都心より少し遅れて開花するこの辺りの桜がまだ残っていることを期待していたが、汗ばむほどのこの日の陽気のもと、既に葉桜しか見当たらなかった。歩くこと30分余りで到着した澤乃井園では、今日一日のご褒美に生酒を頂く。山の緑と川の滔々とした流れが相伴ったこの地は、まさに桃源郷。

4月25日は毎年恒例のクレージーケンバンドのTMNK SUMMITに参加。おなじみの曲、新曲、カバー曲をどっぷりと堪能した。帰りは、シュールティにて、各種アルコールを味わいながら食事。マスターは一見コワモテでだが、手の込んだカクテルを、訪れるたびに楽しく飲ませてもらっている。


*シュールティ:Facebook
5月2日は金武武さん主催のプライベート花火撮影会に参加。場所は相模原の河川敷で、近くの児童養護ホームで暮らしている子供達と手持ち花火で遊んだあと、打上花火と玩具の連発花火を組み合わせたスターマインを楽しんだ。勿論、一番楽しんでくれたのは子供たちで、ほとんどボランティアと言ってもよい、この金武さんの活動には頭が下がるばかり。

5月4日は国際展示場にて行われた文学フリマに参加。毎度のことながら、1日で3冊しか売れなかったが、それでも買ってくれる人がいるという事は有難いことである。

5月16日は「植物生態学者 多田多恵子先生と巡る!初夏の谷中 植物さがし」に参加。話し出したら止まらない、多田先生の植物への愛情溢れる解説を、じっくりと堪能させて頂いた。

5月23日は会社の永年勤続表彰会が新浦安であり、その後、ふと以前、新婚時代に2年間住んでいたアパートがどうなっているか見たくなり、そのまま約30分掛けて舞浜まで足を伸ばす。その建物は何と35年前とほぼ変わらずに残っていた。但し、セキュリティーの強化のため、中には入れず。そのあと、2年間毎日のように歩いた舞浜駅までの道のりを、心の 奥底に残っている記憶と照らし合わせながら歩いた。懐かしさの洪水だった。


5月27日は神奈川近代文学館で行われていた吉屋信子展に赴く。12歳で「少女世界」に作品を応募して以来、いわゆる少女小説から最後は時代小説に至るまでの、その旺盛な創作意欲に圧倒された。面白いエピソードとしては、1936年、小林秀雄に「女の友情」を酷評されたが、それから16年後に行われた菊池寛の「屋上の狂人」の文士劇において、吉屋信子が巫女となって、狂人役の小林秀雄を従えている写真があったこと。二人は同時期に25年余り鎌倉に住んでいたので、ゴルフが共通の趣味である二人が、一緒にコースを回ったこともあるのではないかと楽しく想像してみた。
なお、画家でゴッホ研究家でもある知人の吉屋敬さんは吉屋信子の姪にあたり、この展示会にも協力されている。



5月30日は、3月22日に洛北高校同級生による「東海道五十三次の宿場町を巡る旅」を終えたあと、ゴール&スタートとして、今後どういう活動を続けていくかを模索する会合が日本橋であった。その中で、今回の企画の発案と実行を一手に引き受けてやってのけたOさんから、次は北斎の「富嶽三十六景」で描かれた場所にみんなで行くという案が出たところ、当面の目標を見失って燃え尽き症候群に襲われていた我々の心の中に、新しい炎がにわかに燃え上がった。また、今回の五十三次の旅の記念アルバムが、デザインを仕事としてきたKさんの尽力によりちょうど完成し、その素晴らしい出来栄えに皆さん大満足。
また、その夜は文学散歩でお世話になっている岡崎武志さん、直木賞研究家の川口則弘さんと高円寺の古書会館で待ち合わせて、いつもの中華料理店で情報交換会を行う。実は、川口さんは久し振りに復活した文士劇に出演されていて、島田雅彦さん、綿矢りさんらと共に舞台に立たれたばかりで、その話を中心に場が盛り上がった。やはり、事前に綿密なけいこを行ったとのことで、吉屋信子と小林秀雄がどのように綿密なけいこを行ったかに思いを馳せた。
*今回の文士劇の詳細はこちら:日本文藝家協会創立百周年記念 文士劇『風と共に去りぬ』 | サンライズプロモーション


6月5日は、以前より注目していたLaufey(どういう訳かレイヴェイと読む)のコンサートに赴く。会場の東京ガーデンシアターは満席で、日本以外からの追っかけ組がいるのか、外国人比率が2~3割と高い。エラ・フィッツジェラルドやジュディ・ガーランドを思慕する彼女らしい、いささかレトロな演出のもと、彼女の歌と楽器演奏(ピアノ、ギター、チェロ)のうまさに改めて舌を巻く。
*取り敢えずこれを:Laufey - From The Start / THE FIRST TAKE

6月7日は利き酒会に参加。自分の好みとしては新政が一番だろうと開催前は思っていたが、あにはからんや、どれもそれぞれの個性を出しつつ口当たりが良く、会場はあっという間に桃源郷と化してしまった。なお、参加蔵元は以下の通り。
株式会社わしの尾 鷲の尾[岩手] / 新政酒造株式会社 新政 [秋田] / 勝花藏株式会社(しょうかぐら) Fermenteria(ファーメンテリア)[宮城] / 金水晶酒造株式会社 金水晶[福島]/ 大七酒造株式会社 大七[福島]/ 下越酒造株式会社 ほまれ麒麟[新潟]/ 津南醸造株式会社 GO(郷)[新潟] / 惣誉酒造株式会社 惣誉[栃木] / 西堀酒造株式会社 若盛[栃木] / 武重本家酒造株式会社 御園竹[長野] / 株式会社 Linné(りんね) 800(ヤオ)[京都]/ 長龍酒造株式会社 長龍[奈良] / 有限会社高田酒造場 瑞泉[鳥取]/ 合名会社梅田酒造場 本洲一[広島]/ 株式会社喜多屋 喜多屋[福岡]


そのあとは東大校内を横切り、不忍池沿いを歩いて、上野の西洋美術館に赴き、同級生の有志と、「富嶽三十六景」を巡るツアーに勢いを付けようと北斎展を鑑賞。この方はとにかく絵の構図が強烈だ。そして、「遠江山中」とも再会を果たす。
・・・今から三十年ほど前、勤務先である北三の英文カタログを製作しようとしていた際、主な海外販売先であるジャカランダ社のトム社長から、日本の伝統を強調するのに浮世絵を入れるといいのではと提案され、図書館に行って画集をめくっていたら、木を切っているところが全面的に描かれている、「遠江山中(とおとうみさんちゅう)」が目に留まった。「これだ!」と思い、所蔵先が太田美術館であることが分かると、さっそく電話を掛け、担当者とカタログの話をして、そのポジフィルムを借りに行った。当時の体を動かしての思い出は鮮明に残っており、今だとすべて机の上でできることであるが、そういった便利さの代わりに、失ってしまったものも大きいのではないかと思わざるを得なかった。


最後は館内の喫茶店で、「北斎プレート」なるものをみんなで食し、これから行われる旅の前途を祝福した。

さて、そのあと少し日にちが経った6月20日は、昼間に渋谷〇〇書店で1日店長を務めたが、『人生の花火』がなんと3冊売れるという嬉しい出来事があった。

そのあとは久し振りに上京してきたFRIDGEのコンサートを聴きに、高円寺のJIROKICHIに赴く。メンバーの二人は京都のブルースバンド8823と重なり、8823では小中学校の同級生である山田晴三さんがベースを弾いている関係で知ったのだが、もちろん、その音楽が素晴らしいので足を運んだのは言うまでもない。店番が長くなり、かなり遅れて行ったら、席がなく立ち見となったが、一番後ろで誰に気兼ねすることもなく、一人でこっそり踊ることができた。
*FRIDGEの演奏:https://www.youtube.com/shorts/b76s-3qR_z4
6月23日は上野の森美術館で開催されている大ゴッホ展に足を運んだ。目玉は「夜のカフェテラス」で、そこだけ別の列に並んで鑑賞するようになっていたが、初期の多くの絵が孕む秘めた可能性にも目を見張った。なお、絵の解説にはすべてではないが、小林秀雄や瀧口修造らの監修による「ファン・ゴッホ書簡全集」からの文章も引用されていて、さらにそれぞれの絵の味わいが深まった。



6月25日は東京都博物館で行われていたアンドリュー・ワイエス展に。23日に、はしごしようという考えもあったが、さすがにゴッホの感動を薄めることは控えた。
繰り返し描かれたのは、オルソン家の情景とその住人であるクリスティーナ。風と光の表現が素敵だった。基本的には写実に徹した静かな絵が多いが、その絵が語りかけてくるものは決して軽くない。


以上のほかに、ルーティーンとして池田雅延氏による月三回の小林秀雄の著作と万葉集の講義を拝聴し、また、二か月に一度ある、杉本圭司氏・三浦武氏による音楽講を、蓄音機による楽曲と共に楽しんだ。
また、他にも様々な方と興味深い話をしながら、盃を交わしたことが何度かあったが、それは心の中に秘めておくことにしよう。



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