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第5回「森羅万象の会」上松ツアーに参加して(75)

更新日:12 時間前

赤沢自然休養林の中を流れる渓流。以下、写真説明の冒頭に*が付いているのは、戸川覚さん撮影。
赤沢自然休養林の中を流れる渓流。以下、写真説明の冒頭に*が付いているのは、戸川覚さん撮影。

 長年、木を薄く切削した「ツキ板」という商品の販売をしてきましたが、立ち木を見ても何の木か分からないことに、いささか後ろめたい気持ちを持ってきました。「木を見て森を見ず」ならぬ「木目を見て木を見ず」です。そんな私に日本旅行作家協会から森林セラピーのツアーの紹介があり、最近のトレンド樹種でもある、ひのきの美林をたっぷり見ることができるという事で、迷わず参加を決めました。

 そのあと、参加者のリストが送られてきましたが、錚々たるメンバーに驚きました。まずリーダーが医師で登山家の今井通子さん、世話人が動物文学で有名な戸川幸夫の孫であり、写真家の戸川覚さん、さらに「地球の歩き方」等で有名な旅行作家・随筆家の新家靖之さん、四十年間ほど旅行会社を経営されていた野口正二郎さん、そして末席に私という布陣です。野口さんからはそのあとメールを頂き、私の大学時代の教授や先輩や同窓生の旅行のお世話をしたとのこと。そんな訳で旅への期待がますます膨らみました。最近のクマ騒動で家族はいい顔をしませんでしたが、ガイドさんを含めて計8人のグループであり、また戸川さんは知床もよく訪れていて、クマ撃退スプレーを常時携帯していると伝えると、何とか安心してもらえました。

 出発は10月23日(土)の朝8時、まずは新宿から特急あずさ号に乗って塩尻へ。車内に入ると、驚いたことに約半分が海外の方々。その多くが登山仕様の装いをされています。今や観光地を見るだけではないのですね。塩尻からは上松へ行く中央本線の電車で、ようやく新家さん、野口さんと相席になり、山々の緑や木曽川の清流を眺めながら、主に海外渡航話で歓談。様々な国に行くだけでなく、逆にロシアの女学生を自宅で世話をしたという新家さんの話には、海外の人と人との繋がりという点で学ぶべきものがありました。

 小一時間ほどして上松駅に到着すると、戸川さんが先にハイエースで来ておられ、それに同乗してまずは昼食会場へ。キノコがたっぷり入った温かい蕎麦を食べながら、目の前の、青空からくっきりと浮かび上がっている深い緑の山々や樹々、木曽川の両側に並ぶ大きな奇岩を眺めていると、この世の嫌なことはすべて雲散霧消してしまいました。けれど、これが日常となると、そうはいかないのでしょうね。

*「そば処 寿伊舎」のテラス席。下方に見えるのは寝覚の床。
*「そば処 寿伊舎」のテラス席。下方に見えるのは寝覚の床。

 さて、満腹になったあとは運動も兼ねて、かの有名な「寝覚の床」を見に川岸まで降りることにしました。この不思議な名は、浦島太郎の伝説に由来するとのこと。彼が竜宮城から現世に戻り、諸国をさまよったあと、この場所が気に入り、毎日、岩の上で釣りを楽しんでいましたが、ある時、この岩の上で玉手箱を開け、たちまち三百歳になってしまったということからその名が付いたそうです。そういった伝説も創造してしまうほど、目の前に立ちはだかる巨岩・奇岩群は異世界のものでした。

硬軟の対比が妙。一番柔らかい水が一番硬い岩を浸食してできた景観。
硬軟の対比が妙。一番柔らかい水が一番硬い岩を浸食してできた景観。

 次に訪れた場所は地元の池田木材株式会社。同業者でもあり、楽しみにしていました。まずは池田聡寿社長に事務所で同社の説明を受ける。創業は昭和35年と歴史があり、主に木曽ひのきの製材品から家具やまな板や檜風呂まで手掛けておられ、中でも伊勢神宮を始め神社仏閣への納入実績に強みを持っておられます。ムツゴロウさんが好きだとか、人間の言葉の力への信頼だとか、多岐に渡って話をされましたが、中でも印象的だったのは、木こり達は昔から木が泣いて寝ると言い伝えてきたという話。池田さんがそれを初めて経験した時の文章があります(「瑞垣」令和7年秋季号より)。   


  最後の斧が入ると逝くが命を惜しむがごとく、「ぎい~」という悲鳴のような音を立  てて御神木が地響きと共に倒れていきました。ズーンと脳天から突き抜ける衝撃。心が  震えました。


 物言わぬ木も、やはり同じ生き物として、人間や動物のように命を絶たれる時は泣く―悲鳴を上げる、という話には心が痛みます。しかし、他の命をもらって自身は生き延びるというのは、多くの生き物の宿命でもあり、大事にその命を頂くということしか術はありませんね。

 その後は工場を案内して頂きました。どこに行ってもひのきの清潔感溢れる香りがして、清新な気分になれました。

*根元に空洞のある大木について説明をされている池田さん
*根元に空洞のある大木について説明をされている池田さん
*製材されたヒノキ材。仕向け先別等に分けられ、整然と立ち並んでいる。
*製材されたヒノキ材。仕向け先別等に分けられ、整然と立ち並んでいる。

 次に立ち寄ったのは桟(かけはし)温泉。寝覚の床では川に辿りつくまでの長い坂道を下ったり登ったりし、さらに岩の上を這い回ったりしたので、ちょうどいい湯温が疲れた体を包み込んで離さず、皆さんと歓談しながら、しばし湯けむりの中でまどろんでいました。

湯船からはこのような山々と川の景色を眺めることができました。
湯船からはこのような山々と川の景色を眺めることができました。

  今夜の宿泊は1861年創業の田政旅館。150年以上前の建物ですが、手入れが行き届いているせいか、そこまでの古さを感じさせません。

上松駅から徒歩二分の至近距離にあります。
上松駅から徒歩二分の至近距離にあります。

 気さくでユーモアのある16代目の女将と話していると、今井通子さんがやって来られました。宴会は六時からなので、取り敢えず部屋に案内してもらいましたが、まるで迷路のような廊下と階段を進んでいって三階に辿りつくと、そこは珍しい砂の床の間のあるゆったりとした和室でした。

 石と灯篭の配置が絶妙な石庭
 石と灯篭の配置が絶妙な石庭

 やがて時間が来たので二階の広間に赴くと、我々五人のほかに、上松町長の村田広司さん、産業観光課の見浦崇さん、NPO木曽ひのきの森の長瀬恵敏さん、荻場美穂子さん、上松町観光協会の松原和恵さん、そして池田さんがおられ、総勢11名の宴会となりました。まずは戸川さんの音頭で乾杯。そのあと、それぞれ自己紹介を順に行いました。中でも、国際自然・森林医学会の会長もされている今井さんが話された森林浴の効用については、大変納得のいくものでした。ビールの次は地酒を燗で頂き、おいしい料理に舌鼓を打ちながら歓談。宴もたけなわになった頃、池田さんと長瀬さんが御神木を曳く際の木曾の木遣り歌を朗々と歌われ、我々も「よーい、よーい」と合いの手を唱和しました。最後は記念写真を撮って、気分良くそれぞれの部屋に戻りました。

後列左から、荻場さん、私、見浦さん、新家さん、松原さん、野口さん、長瀬さん、              前列左から、池田さん、今井さん、村田さん、戸川さん。  
後列左から、荻場さん、私、見浦さん、新家さん、松原さん、野口さん、長瀬さん、              前列左から、池田さん、今井さん、村田さん、戸川さん。  

  翌日はいよいよ森林浴のツアーのスタート。朝八時に旅館を出ると、戸川さんの車で川沿いの山道をすいすいと進んでいきます。やがて辿り着いたのは、昭和44年に国内初の自然休養林に指定された、赤沢自然休養林の入り口。ここで血圧や脈拍やストレス・リラックス度を測定してから出発。まずは日本一原価の高い?木製の切符を買って赤沢森林鉄道に乗車。渓流に沿ってゆっくりと走る電車から眺められる森の表情は多彩で飽きません。

匂いはしませんが、少しでも緑の効用を味わって頂ければ幸いです。

終点に着いて電車から降りると、軽くストレッチを行ってからウォーキングの開始。こちらの森林は平均樹齢300年以上と言われる天然のひのきが中心で、そのせいか、植林木と違ってそれぞれの木に個性があります。中でも幹の根元近くの部分が空洞になっているものが少なからず見受けられました。これはどうしてそうなったのかというと、切り株や倒木の上にまず苔が生え、その上にひのきの種が落ち、苔の水分を利用して芽が伸び、その切り株や倒木を囲むようにして根が出たあと、やがてそれらが腐ってその部分が空洞になったということだそうです。なんとも根気を要する営みですね。

これはウスノキですが、同じ原理でこうなったのでしょう。
これはウスノキですが、同じ原理でこうなったのでしょう。
*昭和60年伊勢神宮 御神木 伐採跡地にあった根上がり木。
*昭和60年伊勢神宮 御神木 伐採跡地にあった根上がり木。

 森の中は渓流もあり、目だけでなく、耳も楽しませてくれます。

心が洗われる渓流のせせらぎの音をお聴きください。

 なお、道中では所々で様々な解説をして頂き、この赤沢自然休養林についての理解を深めました。

*御神木伐採跡地で説明をされる長瀬さん。
*御神木伐採跡地で説明をされる長瀬さん。
*今井さんの説明に聞き惚れる一行
*今井さんの説明に聞き惚れる一行
*木曽五木(ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ)の葉の違いを説明する荻場さん。
*木曽五木(ヒノキ、サワラ、ネズコ、アスナロ、コウヤマキ)の葉の違いを説明する荻場さん。

 途中の少し平らになっている土地の木の下にみんなで寝転んで、フィトンチッドを胸一杯に吸いながら、目を閉じました。すると、あっという間に眠りに落ちました。そして、目が覚めた時の気分は爽快で、生まれ変わったような気さえしました。

*熟睡する私。樹々に抱かれて眠る、なんという贅沢。
*熟睡する私。樹々に抱かれて眠る、なんという贅沢。
目を覚まし、この光景を見て、ようやく自分がどこにいるのか気付きました。それほどの熟睡。
目を覚まし、この光景を見て、ようやく自分がどこにいるのか気付きました。それほどの熟睡。

 さらに歩いて出発点に辿り着き、約3時間のウォーキングは終了。足の疲れは余りありませんでした。ちなみに遊歩道はかなりの部分でウッドチップが敷き詰められており、歩いていて膝にやさしく、競走馬の気持ちがよく分かりました。

木のじゅうたん。
木のじゅうたん。

 出発点で再び血圧等を測定すると、最高血圧152→142㎜Hg、最低血圧80→95㎜Hg、脈拍数は変わらず63、ストレス・リラックス度131→22と、ほとんどストレスのない状態になってしまいしました。他の皆様方も同様の傾向でした。ただ、今井さんのお話によると、ずっとストレスのない状態がいいかというと決してそうではなく、ストレス(緊張感あり)、ストレスフリー(リラックス)が交互に訪れるのが理想だということです。なお、ストレスばかりの時間が長いと、人は欝になるなど精神を病んでしまうので、それを防ぐために森林浴を行うことは、効果があると言えるでしょう。

 そんな訳で、今回のツアーでは想像していた以上の素晴らしい時間を過ごすことができましたが、これも自然の美しさだけでなく、今回お会いした一人一人の方々と時間を共有することができたからだと感謝しています。

無事にツアーを終え、ストレスが減った、笑顔の皆さん。
無事にツアーを終え、ストレスが減った、笑顔の皆さん。

 最後、蛇足になりますが、11月は歌会があり私も一句披露することになっているので、今回のツアーで心に刺さった言葉をお借りして作った歌を詠ませて頂きます。


  斧入られ 泣きて寝ぬるや 木曽ひのき 深き森間に 木霊渡らふ

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