いつか王寺駅で(28)

更新日:4月17日


 三月の岡崎武志さんによる新潮講座は、堀江敏幸の「いつか王子駅で」を題材にした、都電沿線を巡る文学散歩でした。

 まずは、モノレールに乗って飛鳥山に登りました。ケーブルカーではないこのモノレールは、2009年に運行を開始したという事ですが、2001年に刊行されたこの小説の中には羽田に向かう東京モノレールの話が出ていて、それから8年後に王子駅にもモノレールが出来るという事を堀江さんは予見していたのでしょうか?

 さらに、この小説には私にとって大きな驚きが二つありました。

ひとつは、「スーホの白い馬」という絵本の話が出てくるところです。


 2000年の暮れに起こった世田谷事件の関係者である入江杏さんは、被害者のにいなさんがこの絵本を題材にして描いていた絵を、2001年のお葬式の時に渡され、しばらくは悲しみと共にしまっておかれますが、やがて額に入れて残そうと思った時に、心の中でプラスの変化が生じます。詳しくは、入江さん著の「悲しみを生きる力に」を読んで頂きたいと思いますが、自分としても大変思い入れのある絵本が描かれていたこと、しかもそれがほぼ同時期に、堀江さんと入江さんとの間で取り上げられていたことが驚きでした。

 もうひとつは、そう、テンポイントの話です。


 学生時代に友人から競馬の手ほどきを受けたあと、ビギナーズラックも相伴って、競馬に夢中になっていた二十歳過ぎ、この馬の摩訶不思議な生い立ち、その後の栄光、そして悲劇に見舞われた話は、ストーリーで読ませるよく出来た小説以上の話だと感じていましたが、当時を思い出してまた一頻り胸が詰まりました。レース中に骨折したこの馬が、手厚い看護を受けているという報道とその容態に一喜一憂していたあの頃、堀江さんも同じような気持ちを抱いていたのだと考えると、同じ競馬ファンとしての親近感を覚えました。

 いや、ちょっと待った!

 堀江さんは1964年生まれですから、1976年だとまだ小学生。その時にテンポイントと同時代に活躍したグリーングラスの単勝を当てて、デンオンのプリメインアンプを買ったというエピソードと辻褄が合わないではないか? いやいや、これは主人公と堀江さんを混同するから合わないと思うのであって、もちろん小説はフィクションなのだから、そう考えれば何の不思議もない話ですが、もしこれを自分が書くとなると、私は有馬記念でカブトシローの単勝を取ったという話になるわけで、寺山修司を多少読んでいるからといって簡単にできる芸当ではなく、やはり、小学生の頃から競馬を嗜んでいたか、あるいは近しい人に競馬を教わっていたと見るべきでしょう。

 そして物語の根底を流れる、下町における人情の味わい。最後まで謎を秘めた正吉さんについては、予備校時代に住んでいた江東区の森下の銭湯でよく見掛けた、筋肉隆々の体に入れ墨の花が咲いていた初老の男性を思い出しました。この小説の人情噺も、やはり下町にどっぷりと浸って実際にその住人達との深い交流がなかったら、描く事はできなかったのではないかと思いましたが、岡崎さんが投げ掛けた、この主人公には名前がないという疑問の意味するところが、この小説の謎の中に深く入り込んでいるような気がします。尤も、小説の中の出来事で、どれが本当にあったことで、どれがそうではないというようなことは、本質的な問題ではないでしょうが。

 さて、元に戻って、肝心の文学散歩は、王子駅前からスタートしてモノレールで飛鳥山(桜の名所でもある)を登り、


レールのリサイクルによって造られた飛鳥山下跨線人道橋を渡って、


都電に乗り、あらかわ遊園(現在工事中につき休園)、


吉村昭記念文学館(図書館、カフェも併設されている)、


梶原書店(昨年閉店。店主の息子さんは、何とギャロップダイナやメリーナイスで勝ち鞍をあげた根本騎手)などを巡って、


終点の三ノ輪駅(未だにあるホーロー看板が、丸い電球照明とともにレトロな雰囲気を醸し出している)へというルートでした。

 今回は天気予報から雨は降らないと思っていたのに、最後はやはり雨に見舞われたあと(この文学散歩では、なぜか大雨や大雪に出会う確率が高い)、打ち上げ会に突入。文学、歴史、芸能と幅広いジャンルに精通した岡崎さんならではの、楽しくまた有益だった講座の最後に相応しいフィナーレの花火が、雨模様の空に何発も打ち上がりました。  ただ、今後も新潮講座とは別に「新オカタケ散歩」は続きそうなので、その行く先を楽しみにして待ちたいと思います。

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