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都会の中の異空間(52)



 先日、山崎文庫で山崎さんと話をしていて、豊島区にあるフランス文学者の鈴木信太郎の記念館で小林秀雄関係の展示が行われているということを教えてもらい、それは是非とも行かなくてはと思って足を運ぶことにしました。

 丸ノ内線新大塚駅を降りて地上に出ると、そこは六叉路の交差点。さて、どちらに行けばよいのか? 


 少し目眩を覚えながら、一番細い道を進んでいくと、すぐにその建物は見つかりました。階段を上ると、まずはクスノキが出迎えてくれます。


 根に近い部分の膨らみが、希少なコブ杢を持っているかもしれないと想像しましたが、邪心は捨てることにして、まずは建物をじっくりと見ました。清潔感の漂う落着いた雰囲気の日本家屋で、庭に面して長い縁側があります。


 これだけでは中がどうなっているのか分からないので、扉を開けて入ってみました。すると、何と鈴木信太郎氏本人が目の前に立っているではありませんか。等身大とあったそのオブジェの横に、どうぞ記念撮影をと書いてあったので、失礼ながらすかさず写真を一枚撮りました。


 そのあと書斎に足を踏み入れると(以下写真撮影禁止)、そこはフランス文学関係よりはむしろ日本文学の方が多いのではないかというほど、森鴎外や谷崎潤一郎などの全集をはじめ、ありとあらゆる種類の本が並べられていました。勿論フランス文学関係の蔵書も多く、まるで図書館の中に書斎があると言った様相です。その一角に、今回の目玉である、鈴木信太郎氏を中心とした、「五人のフランス文学者たち」の展示がありました。と言っても、三、四人入れば一杯になる小さな展示ですが、その中身は小林秀雄だけを取って見ても、見応えがありました。

 まずは、鈴木信太郎が、「マラルメ、類推の魔」についての試験問題を出したところ、小林秀雄の答があまりにも見事で、その十枚の答案を自らが保存したとの解説があって、そのコピーが飾ってありました。字体は後年のものとそれほど変わっていなくて、くずしがやや少ない分、若干の若さが感じられます。なお、解説にはベルグソンの著作をこのマラルメの結論に参考にしたとの記述があり、この時既に、小林秀雄はベルグソンを読み込んでいたという事が分かりました。当たり前だと言われれば、それまでですが。なお、小林秀雄が五十歳を過ぎてから、本郷の喫茶店で撮影された鈴木信太郎、辰野隆、渡辺一夫、中島健三、小林秀雄の集合写真も飾ってあり、卒業後もずっと恩師たちと交流を続けていたことが分かります。辰野隆は小林秀雄の直接の恩師で、様々なエピソードがありますが、やはり胸を打つのは、最終講義の際の小林秀雄の以下の謝辞です。


 「真の良師とは、弟子に何物かを教える者ではない、弟子をして弟子自身に巡り会わせる者である、とは、周知のようにソクラテスの言葉であるが、その意味で辰野先生は、まことに真の良師であった。僕たちが乱脈な青春を通じて、先生のお蔭でどうやって自分自身に巡り会うことができたかは、僕たち銘々が身に徹して知っていることである」


 薄暗い場所で書棚を眺めていると、いつしか心は昭和の世界へと入り込んでしまったようでした。


           玄関を挟んで書斎と反対側にある座敷


 昭和の文学の濃厚な雰囲気に浸ったまま外に出ると、色とりどりの洗濯物がベランダにたくさんぶら下がっている令和の民家が目に入り、あっという間に現在に引き戻されて、またしても目眩がしましたが、これはこれで微笑ましい現実の姿だという気がしました。

 展示は来年の春まで行われているので、ご興味がおありの方は、是非とも足をお運びください。



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